銀座HIKO 3周年に寄せて – 中村哲彦ご挨拶 –

中村 哲彦

日子創業者

 

日頃よりわたくしども銀座HIKOを
ご愛顧賜りまして誠にありがとう
ございます。

 

わたくしどもは1986年から30年間
熊本で商いを続けておりましたが、その
30周年という記念の年に熊本地震が
起きました。

 

立っていられない程の大きな揺れを
体感する中で、「人間いつどうなるか
わからない。であれば、悔いの残らぬ
道を選びたい」と心から思いました。

 

傍にいた家族に「東京に出よう」と
声をかけたところ 娘にも何か感じる
ところがあったようで、「実現に
向けて、
皆で全力を出しましょう」
という返答。
スタッフ達の賛同も
得まして、東京出店
という目標が
出来ました。

 

 

出店先を銀座と決めましたのは、
様々な
方のご意見や自らの経験
からです。
「最高の商品を揃えていく」ことを
理念としたわたくしどもにとって、
それらを求めておられるお客様が
一番
いらっしゃる場所は、といえば
答えは一つでした。

 

有難いことにそれまで オンライン
ストアの
お客様方からも
「早く東京にお店を」と
お声かけ
頂いておりましたが、実際には

ほとんど身寄りもないような状態。
全く手さぐりでの東京進出でした。

 

思えばインターネットも携帯電話も
無い時代に、英会話もできない身で
イタリアに単身で渡り、まだ日本に
知られていないブランドや商品を
探しては仕入れるという
ことを続けておりましたので、
「未知の世界に飛び込む」こと
には、怖さや不安ではなく
「やってやるぞ」という意気込みが
いつもあったように感じます。

 

 

「いつかは東京で」とぼんやりと
頭に
描いていた夢。
それがこのような
きっかけで
実現するとは、人生本当に
何が
起きるかわからないものです。

 

 

長年絆を紡いでまいりました
熊本のお客様と離れることは
寂しい限りでしたが、ご上京の
たびに「元気に頑張ってる?」と
お立ち寄り下さる方々が今も
いらっしゃいます。

何十年もお付き合い下さっている
お客様の笑顔を拝見するたびに
元気を頂く思いです。

 

また、銀座に来たからこそ出会う
ことが出来た新しいお客様方に、
わたくしどもの商品を通じて
ご満足
頂けることは至上の喜びで
ございます。

 

こうして3年という一つの節目を
迎える事が出来ました事に心から
感謝しつつ、またスタッフ一丸と
なり皆様のお役に立てる店を
目指して
精進致します。

 

今後とも何卒よろしくお願い
申し上げます。

 

中村 哲彦

 

 

3周年のご挨拶 – 中村 響子 –

中村 響子

銀座HIKO 代表

 

おかげさまで わたくしども
銀座HIKOは3周年を迎える
ことが出来ました。お客様と
物作りに携わる作り手の皆様に
心より御礼申し上げます。

 

例えば4年前を振り返ってみれば、
わたくしは九州から離れたことも
なく ずっとずっと熊本で生きて
いくのだと思っておりました。

それが今はこうして、銀座という
場所で商いをさせて頂いている事が
少し不思議な感じすら致します。

 

 

地震をきっかけに「東京に出よう」
と決めた父に賛同してからは、
時間を
やりくりしては物件を探しに
上京し、
新店舗の商品を仕入れに
現地1泊で
フランスに飛び、また
物件を探しに朝4時起きで
上京し…
と、まさに無我夢中で行動

いたしました。その原動力は
「地震に負けてたまるものか」
という
意地の一念だったように
思います。

 

半年後、無事開店致しました
は、胸にこみ上げるものが
ございました。

朝4時起きで乗ったモノレールから見た夜明け。
今もなぜか忘れられない光景です。

 

 

海外の方々がお見えになったり、
遠方からのお客様がお立寄りに
なられたり、銀座に来てからは
接客方法も品揃えも変化して
まいりました。そのスピードの
速さに追いついていくこと、
より高い満足をお客様に感じて頂く
こと、試行錯誤を積み重ねながら
過ごした3年間。

 

新しいお客様との出会いに感動し、
熊本時代のお客様との再会に
幸せを感じ、銀座という街の魅力と
懐の深さを体感しつつ あっという
間に流れた日々でした。

 

この世界でのキャリアは20年を
越えましたが「あなたが生まれる
前から私は御洒落をしてきたよ」
というお客様もいらっしゃいまして、
まだまだ学ぶことが多い我が身で
ございます。

 

このたび迎えることが出来た節目を
機に、新たな気持ちで名品とお客様
との懸け橋となれますよう、精一杯
尽力してまいります。

今後ともご指導ご鞭撻を賜ります
よう、何卒よろしくお願い申し
上げます。

 

中村 響子